猫耳ブログ

渋谷 地域猫  SHIBUYA☆CATS

表参道・地域猫サロン⑦ ちょーちんの看取りから学んだこと

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サロンの近くの地域猫。20年前のちょーちんの時代に比べて、地域猫はだいぶ少なくなった

 ちょーちんがサロンに来てから5年。推定18歳になる冬、いつもと様子が変わってきました。食欲が落ち、大好きなお客様の膝にも乗らず、ひとり椅子の上で寝ています。オーナーのTさんがソファに座ればいつもまっしぐらにとんでくるのに、来ないのです。体が熱く、鼻水が少し出ていたので、猫風邪だと思いました。
 しかしその日はTさんもスタッフも忙しく、かかりつけのD病院に連れていけない状態。そこで近所に新しくできた病院にスタッフに連れていってもらいました。しかしそれが、大きな後悔になったのです。
 その病院では猫風邪との診断で抗生剤の注射を打つことになったのですが、若い獣医師が失敗して誤った場所に針を刺し、ちょーちんが「ギャーッ!」。院長が来てすぐに打ち直しましたが、よほどショックだったようで、サロンに戻った途端、外に飛び出してしまったのです。
 近くにはいるのに、寄ると逃げ、ご飯も食べません。
 いつもちょーちんを親身に診てくれているD病院に連れていけば、こんなことにはならなかったのに・・。Tさんは後悔が募り、店に泊まり込み、夜中でも帰ってこられるようにドアを少し開けたまま眠りました。
 1週間後の深夜、ウトウトしていると、ちょーちんが「アオーン!」と大きく鳴いて入ってきました。ガリガリに痩せ、足もヨロヨロです。すぐにバスタオルでくるみ、遠赤外線やホカロンで温め、お湯を口に含ませ、タクシーでD病院に向かいました。
 点滴などいろいろな処置をしましたが、先生は「瞳孔反応も薄く、もたないかも・・」。入院を勧められましたが、最後まで安心できるサロンで見てあげたいと思い、連れて帰りました。

 スポーツドリンクを薄めて温めたものを飲ませ、2日後くらいに意識が戻りましたが、オシッコはドリンクの匂いで無色。すでに腎臓が機能していなかったのです。すぐ目を閉じてしまうのですが、ちょーちん!と呼ぶと、必ず小さくニャーンと返事をします。
 「当時の私は、知識も乏しく、精神力も弱く、ちょーちんが旅立ちの準備をしていることを受け入れることができなかったのです」
 翌日から、ちょーちんの手足は冷たく硬くなりました。一生懸命、さすりました。やがて痙攣が始まり、繰り返しひどくなり、D病院へ。しかし、タクシーに乗ってすぐ、ちょーちんの呼吸は止まりました。
 病院につくなり先生や看護師みんなで心臓マッサージ。そして30分経過し、先生は静かに言いました。「ちょーちんちゃんは、全力で頑張りました。マッサージの手を止めてあげてもいいですか?」
 しばらくすると、シャンプーしていい香りのちょーちんが、真っ白い箱に寝かされ、花束とともに現れました。穏やかな顔に涙があふれました。
 先生は言いました。
 「ちょーちんはとっても幸せな猫ちゃんでしたね。世の中には、最期を誰にも看取られない猫、死んだことさえ知ってもらえない猫、飼い主がいても悲しんでもらえない猫、飼い主に見捨てられ持ち込まれる猫、センターで苦しみながら殺処分される猫、人間の虐待や放置により心を無くし、ご飯さえもらえずに亡くなる猫・・、たくさんいるんです。でもちょーちんちゃんは、一度捨てられたけれど、たくさんの人に気にかけてもらい、サロンの猫になり、お客様にも愛されました。
 1週間前にきたとき、すでに脳死が始まっていました。老化による腎不全で免疫が下がり、猫風邪も併発、尿毒素が脳を侵していました。瞳孔も開いていましたが、その状態でTさんの呼び掛けに返事していたのは奇跡です。だから今もとっても幸せな寝顔なんです。これからまたちょーちんちゃんのような猫や動物達に出会ったら、また手を差し伸べてあげてください」
 
 子供時代からたくさんの動物達の死を経験してきたTさんでしたが、このちょーちんの看取りをきっかけに、猫への向き合い方が大きく変わったそうです。その後20年近く、たくさんの猫の看護、介護、看取りを経験し、信頼できる獣医師にアドバイスを受け、投薬、注射、点滴、ケガや低体温の救急処置、栄養管理や強制給餌などもできるようになりました。こうして現在の地域猫サロンが生まれていったのです。