●表参道中にどとろく悲鳴
22年前、サロンのオープン後まもなく店長猫に就任した「ちょーちん」。毎日お客様に甘えながら、のんびりした日々を過ごしていました。朝は店が始まる前に、ちょこっと近所を一周するのが日課。ところがある日、営業時間になってももどってきません。
Tさんが「おかしいな」と思っていたら、外から「ギャオーン!」というすごい声。驚いて外を見ると、ちょーちんが右足を引きずりながら必死に走っていたのです。近づいても興奮して目をつり上げ、逃げようとします。スタッフと挟みうちにして捕獲しましたが、ふだん穏やかなちょーちんが、まるで人が変わった(猫が変わった)ような異様な様子。右足はブラブラで、表参道中に響き渡るような大声で叫び続けました。
かかりつけのD病院へ運ぶと、先生もその叫び声に驚き、他の患者さんに待ってもらって緊急検査。鎮痛剤の点滴でやっと鳴きやみました。
レントゲンとエコー検査で、ひざの靭帯断裂と判明。「これは痛いですよ! 人間の男性でも靭帯断裂したら涙を流すほどですから。多分、虐待かなにかが原因でしょう。右足のももの部分に斜めにまっすぐの傷が出血しており、棒のようなものでたたかれたのではないかと」
さらに、1、2ヶ月入院して手術する必要があり、医療費はだいたい100万円近くになると。
虐待という言葉と治療費の高さにTさんはしばしぼう然としましたが、「ちょーちんはみんなに愛されている店長猫なのだから、なけなしの貯金を全部使っても治してもらおう」と決心しました。
●治療費5万円でいいの?
Tさんはサロンが終わると毎日スタッフと見舞いにいきました。ちょーちんは人懐こい性格にもどり、先生方や看護師さんに人気でした。
いよいよ手術をするというときに、先生からお話がありました。「ちょーちんちゃんは、捨て猫だったのをサロンで飼い始めたんでよね? 自分が指導医として全ての責任を持ちますので、研修医にオペの一部とリハビリを担当させていただきたいのですが・・」
すると奥から研修医の先生に抱っこされて、すっかり甘え顔のちょーちんが出てきました。この研修医なら大丈夫!と承諾しました。
すると先生は、「なので医療費は、食事代5万円だけください」。
「えっ、5万円でいいの?」
信じられない提案でした。先生は飼い主のいない猫のため、院長に内緒で治療費を安くする方法を考えてくれたのです。「都会の真ん中にも、こんなに温かい獣医さんがいるのだと感激しました」
●虐待の目撃者
無事手術も終わり順調に回復してきたころ、
近所に住む40代くらいのご夫婦がサロンを訪ねてきました。
「あのサビ猫はいないのですか?」と聞くので、「ケガをして入院しています」と答えると、「え-やっぱり。でも生きていたんですね! 良かった、ありがとうございます!」と泣きながら話してくれました。
ちょーちんは捨てられてしばらく、何人かの方に世話されていましたが、ご夫婦もその一員でした。10日ほど前、ベランダから前の公園にいるちょーちんを見ていると、ホームレスらしいおじさんが棒でちょーちんを追いかけて叩いたそうです。「何するの!」と叫んで出ていくと、おじさんもちょーちんも姿が見えなくなっていました。奥さんはちょーちんがどこかでケガしていないか心配して探していたのです。先生の言ったとおりの虐待が本当に起きていたのです。
その後、虐待をしたおじさんを見かけることはなくなり、ちょーちんも無事退院、店長職に復帰しました。
やがて動物愛護法が改正され虐待の罰則が強化されましたが、いまだあちこちで猫への虐待を耳にします。ちょーちんのような人なつこい猫は虐待の対象になりやすいのでなるべく家猫にし、近隣の人たちで地域猫の情報交換をして、不審者に目を光らせていきたいものです。
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